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"競走馬で子孫が残せるのはごくわずかのエリートだが、その選りすぐりのエリートの子孫でも競争馬で通用しないケースのほうがはるかに多いらしい現実を、私は乗馬を通じてまざまざと知らされた。以来、人間社会でも安易な世襲なぞ決して許されていいわけがないと思うようにもなった。
 そのことに関してはまた、習い始めた頃に、とあるインストラクターから聞かされた今に忘れがたい話もあり。私は馬上でそれを耳にした。ほかにも何人かが馬に乗って、ただグルグルと馬場を歩きまわっていた時のことだ。馬はいずれも競馬界の落ちこぼれのごとく緩慢な動きを見せていたが、インストラクターは唐突に「この子たちはみんなエリートなんですよ」と穏やかな口調で話し始めた。

 サラブレッドはもともと速く走ることを目的に作られた品種なので、アマチュアの乗り手が耐えられるようなスピードで走るのはむしろ難しい。故に競馬界を引退したサラブレッドの多くは、訓練を受け直しても一般人の乗用馬にはなれずに、虚しく命を落としてしまうのだという。
「ゆっくり走るようになれるのも才能です。だからこの子たちはエリートなんです」と最後は断固たる口調で締めくくられた。コペルニクス的転回ともいえるその発言を聞いて、私は自身でも意外なほど強く心を打たれたのだった。
 ゆっくり走れるのも才能とは、実に言い得て妙で、あらゆる物事に関しての暗喩ともなる。個人の生き方、組織の運営、さらには社会のあり方にもアナロジーが適用される。
 命をつなぐ方法は、何も競争で速く走って勝ち残るのみではないのだ。そうした価値観の転換は人を生きやすくさせるかもしれない。また地球の未来にとっても必要なことではないか、と思ったりする。"

活字中毒R。


2012年4月15日の『日本経済新聞』の文化欄に掲載された、松井今日子さんの「馬が教えること」というエッセイの一部

(via koris1974)

(via otsune)

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ドイツ人はサンドイッチを常食していた。彼の冷蔵庫には常にゆで卵と生野菜が準備され、時々にチーズやハムなどが転がっていた(それに肉も転がっていたが俺に食わせてくれたことはない)。

しかし、彼はほとんど料理をしなかった。

彼の部屋に遊びに行って腹が減ると、彼は冷蔵庫からレタスを数枚、人参などの野菜も一かけらほど取り出し、水で洗い、木のボールに置く。次にその時々にチーズやハム、ゆで卵などを取り出し、別の皿に置き、そのボールと皿を二人の間にある食卓に置くのである。食事の準備はそれだけである。

で、僕たちはそれらを食パンに挟み、マヨネーズなどで味付けして食べるのだが、これが案外においしい。テープルには小さなナイフがあり、大きな食材はその場で各々が手元で切る。加えて、牛乳を水のように飲み、粉末のスープ(コンソメとバターでコクを出す)やトマトの缶詰を利用したスープ、時には彼が作りつけておいたシチューや麦のおかゆのようなものも食べた(これはうまくなかった。ホワイトソースは ホワイトソース レシピ|KaBaの簡単料理等を見て自分で作っておくと良い)。で、食後にはほぼ必ず果物を食べた。勿論、その場で自分の分を剥きながら。

僕は初めてこの食事を経験したときにその効率性に驚いた。野菜不足の心配ゼロの食事がこんなに簡単にできるとは! 野菜不足を心配して野菜炒めを作っていた俺は何だったのか! ていうか、こいつがんがんハムとチーズ食いすぎ! ゆで卵何個食べてんだよ? あー、俺にも肉くれ、肉!

毎日サンドイッチで飽きそうだが案外に大丈夫である。マヨをドレッシングに変えられるし、中身も人参をトマトに替えたり、きゅうりに替えたりもできる。ハムやツナ缶、チーズ、ペースト、ピクルスなどを選ぶと中々に豊富な味の世界がある。僕は彼のお陰でチーズやペーストについては少しだけ詳しくなった。

特に僕が関心したのは、彼が常にゆで卵を常備していたことである。彼と買い物に行くと、ひょいひょいと生野菜とフルーツ、肉(これは自分ひとりで焼いて食うので絶対に俺にはくれない)を買い、家に帰ると卵はそのままゆで卵にしていた。あるいは帰ってきてそのままシチューを作り始める。こういう習慣が身についているのは結構なことだ。彼が特別というわけじゃなく、他のバイエルン人も同様に、生活の規律(掃除、洗濯、食事など)と質素さについては本当に尊敬しかけてしまうほど身についている。逆に言うと、やはりバイエルン(野蛮人=バーバリアン)は田舎臭いケチばかりということでもある。

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日々の食事の済ませ方: ドイツ風・日本風 | digi-log (via petapeta)

(via otsune)

"しかし、ここ10年くらいで、一人称の性質は大きく変わった。知りあいの編集者に聞いたところ、純文学系の新人賞の応募作品は、ほぼ99パーセント一人称だという。〔…〕世界は「私」になり、「私」をそのまま世界に一致させることに抵抗がなくなったし、世界の中にいる「私」を俯瞰するよりも「私」という檻の中から世界を見、「私が傷つき」「私が癒され」ることが最優先になったのである。〔…〕「私」を表現するには、冷徹な自己観察力を必要とすること、「私」の視点でいる限り、いつまでも自分を発見できないこと。「本当の私」をつかむには、何より三人称の視点を獲得する以外ないという、逆説めいた事実を受け入れるしかないのだということを。"

恩田陸●土曜日は灰色の馬: 平成引用句辞典=気になるフレーズ (via suyhnc)

「私」を表現するには、冷徹な自己観察力を必要とすること、「私」の視点でいる限り、いつまでも自分を発見できないこと。「本当の私」をつかむには、何より三人称の視点を獲得する以外ないという、逆説めいた事実を受け入れるしかないのだということを。”

(via bgnori)

「私」が(を)大衆化しただけでは?

(via do-nothing) 「私」の視点がミームとして機能しはじめたんだね。 (via rip-rabbits)

(via flyingtadpole)

"「ハンマーしか持っていなければ、全ての問題は釘に見えるものだ」心に刺さる"

Twitter / @fatrow: 「ハンマーしか持っていなければ、全ての問題は釘に見え … (via tyru)

(via konishiroku)

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批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします
If a child lives with criticism,He learnes to condemn.

敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います
If a child lives with hostility,He learnes to fight.

ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
If a child lives with ridicule,He learnes to be shy.

ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
If a child lives with shame,He learnes to feel guilty.

心が寛大な人の中で育った子はがまん強くなります
If a child lives with tolerance,He learnes to be patient.

はげましを受けて育った子は自信を持ちます
If a child lives with encouragement,He learnes confidence.

ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります
If a child lives with praise,He learnes to appreciate.

公明正大な中で育った子は正義心を持ちます
If a child lives with fairness,He learnes justice.

思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます
If a child lives with security,He learnes to have faith.

人に認めてもらえる中で育った子は自分を大事にします
If a child lives with approval,He learnes to like himself.

仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます
If a child lives with acceptance and friendship,He learnes to find love in the world

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アメリカインディアンの教え (via etecoo) (via joker1007) (via konishiroku) (via waku) (via hanemimi) (via wideangle) (via:gkojay) (via no-where—now-here) (via yellowblog) (via gkojay) (via f-o-pekoe) (via strast) (via ararky) (via echanplus) (via ibi-s) (via angry-passion) (via jun26) (via dertyui) (via marushiva) (via onehalf)

Instagramで撮影

Instagramで撮影

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何となく流されるままに進学し、特にやりたいこともはっきりしないまま無難だからという理由で就職先を決め、ある時ふと、こんな疑問が湧きあがって「うつ」状態に陥ってしまうケースも、最近では少なくありません。

 このような疑問を身近な人にぶつけてみても、大概は「働かざる者食うべからずだよ。生きていくにはお金が不可欠。飯が食えなきゃ、何も始まらないだろう」と返されてしまいます。

 それによって、さらに「なぜ人は、そうまでして生きていかなければいけないのか?」という疑問が湧いてくるのは当然の流れです。しかし、誰からも納得のいく答えは得られそうもないなと思い、ほとんどの人はその疑問をただ飲み込むしかすべがありません。

 しかし、そうやって大事な問いを封じこめて過ごしているうちに、ある朝、起きはしたものの、一向に身支度をしようとしない自分に愕然とすることになったりします。

 こういった根源的な問いをゆっくり立ち止まって考えるような時間を、然るべき若い時期に持ちにくい状況になっているということは、現代社会のはらむ大きな問題だといえるでしょう。

「遊び」のない現代の効率優先の社会システムは、このように次々と新たな「うつ」を生み出していっているのです。

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本当に正常なのは誰だ? ―社会に適応したマジョリティと心に正直なマイノリティ|現代人に突きつけられた「うつ」というメッセージを読み解く|ダイヤモンド・オンライン (via plasticdreams)

(via yaruo)

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「情報不安症」という言葉がある。情報に関する不安症ということで、これは「自分が知っているべきと思う情報」と「実際に自分が知っている情報」との乖離が原因である。

「自分が知っているべきと思う情報」は飛躍的に増大し続ける中、自分の情報量に乖離に不安を覚えやすいと言える。

どう考えても私は情報不安症なので対策を書いておく。

1. デジタルなコミュニケーションを最小にする。ケータイをこまめにオフ。IMなどは使わない。ITSをコミュニケーション目的で使わない。
2. 一回のメールは5文以内。一日に3往復まで。それ以上の場合には電話する。
3. 自分が知っておきたいことのリストをつくる。そしてカリキュラムを作る。
4. メールチェックとRSS経由のニュースチェック、新聞読みを全部足して一日30分におさめる。
5. 必要な情報は必要になったときにまとめて調べるものと心得る。
6. カレント・アウェアネスとしては、何が起きているかという事実だけチェックすれば十分。人の分析・解説まで読まない。まずは自分で考える。
7. 情報を送ってもらう場合はハードコピーにマーキングしてもらい、ポストイットでメモもしておいてもらうように頼む。PDFも欲しいけど、メールで送りつけられて「おもしろいよ」とか言われても、どこ読んでいいのかさっぱり分からなくて不便。逆に自分もそうする。

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「情報不安症」への対策 | digi-log (via petapeta)

2008-11-26

(via gkojay)

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"ほんで、家庭環境のいい子は学校なんかなくてもそれらを手に入れる。家庭環境の悪い子は学校があっても身に付かない。ごく僅かな子だけが学校教育の恩恵を受ける。でもそのごく僅かな子こそが階層移動の希望なんよ。だから、わかった風に学校の勉強なんて役に立たないなんて言わないで欲しい。"

Twitter / yuuraku (via yellowblog)

(via darylfranz)

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ゲームをするときには

『これは時間の無駄ではない。

全ての経験は宝物で何かの役にたつ。』

とか言い訳しないで

ただゲームをすればいいんじゃないかな。


タバコを吸うときには

『これは一見、体に悪いように見えて

実はストレス解消になっている。』

とか言い訳しないで

ただタバコを吸えばいいんじゃないかな。


そのまま

ありのまま。


できるだけまっすぐ行こうよ。


ひょっとして

誰かを好きになるときにも

そんなふうに

理由とか

効率とか

メリットとか考えてるの?

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僕らは論理的に言い訳を考えて、感情的に行動している - はじめに閲覧されるべきもの (via readme1st)

(via appbank)